アメリカの市民生活

PFAS規制、総仕上げへ

バイデン政権のPFAS規制が総仕上げの段階に入りました。環境政策の実績を有権者にアピールし、今秋の大統領選での勝利につなげたい考えです。

飲料水から完全排除へ

 アメリカで4月、有機フッ素化合物(PFAS)の規制に関する大きな動きが立て続けに起きました。
 まず、飲料水に対する規制です。
 環境保護庁(EPA)は10日、PFASの中でも特に毒性の強いPFOSとPFOAに関し、飲料水中の濃度が各4ng(ナノグラム)/ℓを超えてはいけないとする、強制力を伴う新基準を発表しました。これにより、全米の水道事業者は、今後3年以内に飲料水中のPFASの濃度を測定し、情報を公開しなければならなくなりました。同時に、濃度が基準値を超えた場合、対策をとることも義務付けられました。
 従来の基準値はPFOSとPFOAあわせて70 ng/ℓ。しかも強制力はありませんでした。ニューヨーク・タイムズ紙は今回のEPAの決断を「異例の動き」と報じています。
 EPAはまた、4ng/ℓという基準値とは別に、0ng/ℓという目標値も設定しました。つまり、PFOSとPFOAは飲料水から完全に排除する姿勢を打ち出したのです。
 ムチと一緒にアメも用意しました。
 EPAは、新基準への対応が必要な水道システムを国全体の約6~10%と推定し、対策費を全体で年間約15億ドル(約2300億円)と見積もっていますが、水道を運営する州やその他の自治体に、総額約10億ドルの支援を決めました。
 このアメリカの新基準により、日本政府の PFAS問題への不作為ぶりが一段と目立つこととなりました。5月号に詳しく書きましたが、日本政府は今、飲料水に関するPFASの基準値を決める作業を続けています。しかし、基準値は今のところ、PFOSとPFOAあわせて50 ng/ℓ という現行の暫定目標値を踏襲する見通しです。
 「日本の水は安全」とはとても言えなくなりました。

ついに抜いた伝家の宝刀

 アメリカのPFAS規制に関するもう一つの大きな動きは、事業者の責任追及です。
 新基準の発表から1週間あまりの4月 19日、EPAは、PFOSとPFOAを「包括的環境対応・補償・責任法」(通称:スーパーファンド法)の「有害物質」に指定すると発表しました。
 1980年に制定されたスーパーファンド法は、化学物質などによる大規模な環境汚染が生じて国民の健康被害が危惧される場合、政府がまず迅速に動いて汚染を除去すると同時に、原因究明を進めて、汚染にかかわったすべての事業者に、最終的に汚染除去の費用を負担させることを柱としています。
 汚染にかかわったすべての事業者とは、汚染物質を製造したメーカーだけでなく、それを貯蔵・管理した企業や、それらに融資した金融機関なども含まれます。汚染責任を広範囲に問えるのが特徴です。さらに、スーパーファンド法に指定されると、指定以前の汚染についても、責任追及が可能になります。いわば、連邦政府は、PFAS問題の解決のために「伝家の宝刀」を抜いたのです。
 EPAのマイケル・リーガン長官は、「これらの化学物質をスーパーファンド法の対象に指定することで、EPAはより多くの汚染現場に対処し、より早期の措置を講じ、浄化を迅速化することができると同時に、地域社会の健康を脅かす汚染浄化の費用を汚染者が確実に支払うようになる」と声明を発表しました。

日本にも必要

 日本のPFAS問題に詳しい小泉昭夫・京都大学名誉教授はかねて、日本もスーパーファンド法のような法律を作るべきだと主張しています。そうした法律ができれば、例えば、大阪府摂津市で起きている、ダイキン工業の淀川製作所から排出されたPFOA による深刻な土壌・地下水汚染問題も、早急に解決に向かうと小泉氏は指摘しています。
 しかし、日本にはアメリカやヨーロッパとは違って、政党への企業献金を通じて固く結ばれた「政官財の鉄のトライアングル」があるので、スーパーファンド法のような法律ができる可能性は、極めて低いと言わざるを得ません。

再選にらむバイデン大統領

 EPAが飲料水に対する規制を公表したときも、スーパーファンド法の対象とすることを決めたときも、ホワイトハウスは声明を発表し、それらがバイデン大統領の手柄であることを強調しました。
 実際、アメリカのPFAS規制はバイデン大統領の指揮下で進められてきました。
 なぜPFASに力を入れたかというと、それがバイデン大統領の一期目の選挙公約だったからです。選挙公約にした理由は、民主党の有力支持層である環境団体が、票と引き換えに選挙公約に盛り込むよう要求したからと思われます。
 有力環境団体だけでも合わせて何百万人という会員数を抱えています。それが直接、票に反映されるだけでなく、選挙の際には票を掘り起こす実働部隊となり、支持する政治家を強力に支援します。
 バイデン大統領が、PFAS規制の手柄を強調するのは、今年11月に行われる大統領選を前に、自らの支持層に「ちゃんと公約を守りましたよ」とアピールし、「今年の選挙もよろしく」というメッセージを送るためにほかなりません。
 鉄のトライアングルに支配されている日本からすると、想像しがたい世界です。